blog横濱の文化探訪

アクセスカウンタ

zoom RSS Guide board of Ruins Park 大塚・歳勝土遺跡解説パネル

<<   作成日時 : 2015/03/28 22:54   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 0

画像



大塚・歳勝土遺跡 解説パネル



2015年3月27日
横浜市都筑区







画像

国指定史跡 大塚・歳勝土遺跡

 大塚・歳勝土遺跡は、今から約2,000年前(弥生時代)にこの地方で稲作を始めた人々のムラ(大塚)とその墓地(歳勝土)を中心とした遺跡です。
 大塚遺跡では、まわりの大きな溝をめぐらせた外周600mにおよぶ大規模なムラ(環濠集落)の全体が発掘され、85軒の竪穴住居と10棟の高床倉庫などが発見されました。竪穴住居跡の重なり合いや分布の様子から、ムラは10軒前後の竪穴住居に1〜2棟の高床倉庫をそなえた人々の集団が、3つ集まってくらしていたと考えられます。ムラのまわりには幅4m、深さ2mほどの溝をめぐらし、外側に土を盛った土塁をもうけて守りを固めていました。
 歳勝土遺跡では25基の方形周溝墓が確認されましたが、西側にまだ調査されていない部分があり、総数は30基前後と推定されます。
 大塚・歳勝土遺跡はムラと墓が一体としてわかる貴重な遺跡として昭和61年に国の史跡に指定されました。


画像

大塚・歳勝土遺跡周辺地形模型

 この模型は、大塚・歳勝土遺跡を中心に東西920m、南北830mの地域内の遺跡と地形を再現したものです。表現された遺跡は縄文時代から奈良時代までのものが含まれています。
 大塚・歳勝土遺跡は、南北を大きな谷にきざまれた、複雑な形の台地の上にあります。前面には早渕川の流れる低地が広がり、川はそこから約6km下流で、鶴見川の本流に合流します。台地の標高は約50mで、大塚のムラでは北東の低地に水田を開いて稲作を行っていたと考えられています。




大塚遺跡



画像

大塚遺跡の保存整備

 弥生時代中期の環濠集落を中心とした大塚遺跡は、港北ニュータウンの開発に伴う事前調査として、昭和48年から51年にかけて発掘調査が実施され、貴重な歴史的文化遺産として、その東側部分が保存されています。
 保存整備は調査によって発見された弥生時代の遺跡を約1.5mほどの盛土によって保護し、集落として生活していた様子を再現するため遺構の直上に住居などを復元しました。


画像

環濠・土塁・柵

 環濠は台地の縁にほぼ地形に沿って掘りめぐらされ、外周600mでムラを囲んでいます。水はけのよい赤土層(関東ローム層)に掘り込まれた空堀で、環濠内に外側から多量の赤土が流れ込んでいることから、掘った土を外側に積み上げて土塁をきずいていたことがわかりました。土塁の上には木の柵をもうけていたとみられます。環濠は1度うずまったあとに掘りなおされており、北東側では谷を横断しています。竪穴住居の半数が火災にあっていることからも、大きな争いのあったことがうかがわれ、環濠をめぐらせてムラを守らねばならなかったのでしょう。


画像

再現木橋

 環濠の北西端から見つかった、二対になった4個の穴は、出入口にかけられた橋の跡だと考えられます。穴に柱を立てて枕木を乗せ、その上に丸太などの材木を渡して橋にしていたのでしょう。
 一方、ムラの南東部には、歳勝土遺跡の墓地に通じる出入口があったはずです。しかしその付近からは、橋の跡は見つかりませんでした。南東部の橋は、再現した橋のように、数本の材木を渡すだけの、より簡単な作りのものだったと考えられます。


画像

竪穴住居跡の表示

復元されなかった竪穴住居跡は、石によって位置を示しました。


画像

竪穴住居跡の発掘調査時の姿

 この保存された竪穴住居跡は、発掘調査時の住居跡の構造や空間を体験できるように再生したものです。
竪穴住居跡は、大塚遺跡のほぼ中央部で発見されたY-17号住居跡で、2回の建て替えが行われています。壁の一方には通路と考えられている溝がつくられています。
 再生は、造形保存という方法で、発掘調査時に発見された住居跡の形や質、色合いを正確に保存するものです。
 その方法は、次の順序で行われました。
@関東ローム層を掘り込んでつくられている住居跡に、合成ゴムと石こうを使用して、表面の型を取ります。
A型や発掘調査データを利用して、特殊加工をしたガラス繊維強化樹脂セメント(GRC)で住居跡の遺構面を再生します。
B再生した表面には色の調整モルタル、保護樹脂の塗布を行い完成しました。


画像

Y-2号住居

小型の竪穴住居を掘り広げて、大型住居に建て替えたものです。


画像

Y-11号住居

大型住居。床面積は38.6uで、炉の両脇に寝起きしたとすると、居住人数は6人前後です。


画像

Y-39号住居

中型住居。大塚のムラの標準的な大きさの住居です。


画像

Y-68号住居

小型住居を大型住居に建て替えたもので、この家では石器を作っていました。


画像

Y-71号住居

大型住居。床面積は44.3uで、8・8・6・4畳半の4部屋に相当します。


画像

Y-74号住居

中型住居。床面積27.0uで、八畳間2部屋分に当たります。


画像

Y-80号住居

大型住居。ムラ長(おさ)のすまいで、集会所にも使われました。


画像

復元高床倉庫

 遺跡からは、住居跡とともに掘立柱建物跡が発見されました。これは収穫した稲などを納めておく高床倉庫の跡だと考えられています。
 穀物を湿気から守るために床を高くし、出入りには梯子を使ったことが銅鐸にも描かれています。梯子は厚板や丸木に足掛けを刻んだ一本梯子で、これは竪穴住居の出入り口にも使われています。柱には、ネズミの侵入を防ぐための「ネズミ返し」が取りつけられています。
 大塚のムラでは、高床倉庫が一箇所に集まることなく、3つに分かれた住居群のそれぞれに分散しており、数軒の住居群が1〜2棟の倉庫を共有していました。


画像

弥生の樹木

 大塚遺跡からは、竪穴住居の木材が炭になって残っていた例が数多く見つかりました。住居の中から見つかる木材は、ムラの周辺に生育していた樹木の種類を知る有力な手がかりになります。
 住居跡からみつかったおもな木材についてその樹種を調べたところ、当時、大塚遺跡の周辺には、クヌギやコナラなどの落葉樹を中心に、カシなどの常緑樹、カヤなどの針葉樹が混じるような木立が広がっていたことが想定できます。




歳勝土遺跡



画像

歳勝土遺跡の保存整備

 歳勝土遺跡からは、昭和47年度の発掘調査によって多数の方形周溝墓が発見され、出土した土器などから大塚遺跡で生活していた人々の共同墓地であることが明らかとなりました。
 保存整備は、遺跡の全体を大塚遺跡と同じように約1.5mの厚さの盛土によって保護しています。復元は、当時の墓の大きさや構造・配列などの様子が理解できるように、発見された方形周溝墓のうち遺跡の北西部に分布する5基の方形周溝墓(S-1・4・10・16・17号)を対象に、それらの遺構の直上に3種類の方法によって行い、あわせて、大塚のムラから歳勝土の墓地までの「道」を表示しました。


画像

方形周溝墓の埋葬当時を復元した姿

 方形周溝墓からは、多くの場合、四辺を囲む溝と中央の棺を埋めた穴だけが見つかります。ただし、洪水で一気に地中深く埋もれた方形周溝墓などでは、溝で囲まれた部分に低い壇のような盛り土が残っていることがあります。
 歳勝土遺跡から見つかった方形周溝墓には、このような盛り土は残っていませんでした。しかし、これは盛り土が長い間に崩れたり、耕作によって削られたりしたためで、本来は溝を掘った土などを積んだ盛り土があったものと考えられます。
 埋葬は、主に盛り土の中央に行われましたが、溝の中から子供用と思われる土器の棺や、大きなくぼみが見つかることがあり、溝の中にも埋葬が行われていたことが考えられます。


画像

方形周溝墓の埋葬内部を復元した姿

 方形周溝墓の中心付近には、四角い穴が見つかることがあります。歳勝土遺跡でも、14基の方形周溝墓からこのような穴が見つかりました。
 これは棺を納めた跡と考えられます。棺そのものは土の中で腐ってしまい残っていませんでしたが、穴の中の土の細かな観察によって、棺が納められていた痕跡が確かめられています。水分の多い低地に作られた方形周溝墓では、木の棺が腐らずに残っていることがあり、歳勝土遺跡の方形周溝墓の棺も、同じような木の棺であったと考えられます。


画像

墓道

 大塚のムラと歳勝土の墓地とは約80mはなれ、この間にムラから墓地への道があったと思われます。また、接し合うように整然と並んだ方形周溝墓の列の間に一定の隙間があり、これが墓地の中の通路であったと考えられます。古墳に並べられた埴輪には葬列をあらわしたものがあり、大塚のムラでも亡くなった人を歳勝土の墓地へ送っていたのでしょう。


画像

方形周溝墓の発掘調査によって出土した姿




画像

方形周溝墓の表示

復元されなかった方形周溝墓は、石によって位置を示しました。






大塚・歳勝土遺跡公園 入口広場 解説パネル
http://hamacul.at.webry.info/201505/article_4.html




Copyright(C) Masaji 2014-2017

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
Otsuka-Saiakachido ruins Park 大塚・歳勝土遺跡公園の春
国指定史跡の大塚・歳勝土遺跡公園を訪れた。 ...続きを見る
blog横濱ぶらり探訪2
2015/03/28 23:28
Guide board of Ruins Park 大塚・歳勝土遺跡公園 入口広場 解説パネル
大塚・歳勝土遺跡公園 入口広場 解説パネル ...続きを見る
blog横濱の文化探訪
2016/01/31 09:42

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
Guide board of Ruins Park 大塚・歳勝土遺跡解説パネル blog横濱の文化探訪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる